第2講 Crisisとリーダーの役割|危機管理とリーダーの状況判断

指揮官は大勢を達観し適時適切なる決心をなさざるべからず。これがため常に全般の状況に通暁し、事に臨み冷静、熟慮することを要す。しかれども、いたずらに正鵠をえるために腐心して機宣を誤らんよりは、むしろ毅然としてこれを断ずるに務るをようす。(統帥参考)

不確実で多様に富んだ情報化社会の変化に適応して組織や企業が生き残るためには、常に事業内容を戦略的に組み替え、
リスクを覚悟して冒険的にビジネスを展開し続けなければならない。

このためあらかじめ事業展開で起こりうるRiskを予測し、Risk管理により予防措置を講じているが、地震などの自然災害や想定外の予測不可能な事故など自助努力では防ぎきれないCrisis的な危機が発生した場合、「何をすれば社会に及ぼす影響と被害を最小化できるか?」、「何をすれば危機状態からの早期回復が図れるか?」などの難問に対する鍵を握るのが各級の職域リーダーの素早い状況判断である。

このためトップリーダーは常に組織の憲法ともいえるビジョンと自己の指導方針を明確に示し、速やかなCrisis対処に努めなければならない。

ライン(line)とスタッフ(staff)
協同一致は戦闘の目的を達する為、極めて重要なり。兵種を論ぜず、上下を問わず、戮力協心全軍一体の実を挙げ、初めて戦闘の成果を期し得べく、全般の情勢を考察し、各々其の職責を重んじ、一意任務の遂行に努力するは、協同一致の趣旨に合するものなり。(作戦要務令)

企業や団体においは組織を合理的かつ効率的に運営するため、各々の任務に応じてライン(line) とスタッフ(staff)に分けて組織運営を行っている。ラインとは、仕入れ、販売、生産部門などの現場作業に直接従事する部門を言い、各ライン部門の職域リーダーは、部門業績や最終目標に対して責任を負う。

またスタッフは、主として本部又は本社に勤務し、トップリーダーが下す経営や運用の判断に必要な資料の収集や助言、人事、企画、宣伝などを行う。

ライン、スタッフのリーダーは、職域リーダーとして部下を指揮、監督し、
職責の範囲内においてトップリーダーから状況判断に基づいて決心を行う自由裁量権を与えられている。

元々ラインとスタッフという言葉は軍事用語で、前線で直接戦闘を行う歩兵など第一線部隊をラインと呼び、
後方支援部隊や戦略・戦術を専門に分析・検討する参謀をスタッフと呼んだことに始まる。

旧軍においても参謀は士官学校、陸軍大学校と進んだ一握りのエリートが将軍への登竜門として勤める職域であり、
伝統的に第一線で戦う将兵を軽んじる傾向があった。

現在でもスタッフはエリート意識が強く、現場で生産や作業などの実行動を担当するラインとの溝は深く、
問題が発生した場合、ライン、スタッフ双方の状況判断の食い違いから確執を生み、問題を深刻化させてしまう場合がある。

チームワークや人の和は、同じ目標に向かって進むことで強固なものになる。
リーダーはこの点を留意してライン、スタッフ双方の能力を正確に把握し、
組織が向かう方向性を明確に示し、組織を一つの目標に向けさせなければならない。

リーダーによる組織運用
凡そ兵戦の事たる独断を要するものすこぶる多し。しかして独断はその精神に於いては決して服従と相反するものにあらず。常に上官の意図を明察し、大局を判断して状況の変化に応じ、自ら其の目的を達し得るべき最良の方法を選び、以て機宣を制せざるべからず。(作戦要務令)

予想されるRiskが発生した場合、リスク管理マニュアル(Risk Management manual)に則り対応、処理すれば、
Riskが消滅し軽減すると思われているが、初動対処の失敗等でRiskが抑え込めず組織や企業の存続を脅かすCrisisに発展した場合、誤算、想定外の連続で現場は混乱する。

このような状況の下でトップリーダーが下す決心は、必要最小限に止め、現場で直接Crisisと対峙する職域リーダーの自由裁量の余地を与えなければならない。

また本部スタッフを現地に速やかに派遣して、決心の実施状況を確認させると同時に、現場リーダーを補佐させ、本部と現地の調整役として、本部と現場とが一体であることを内外に示し、Crisis脱却に向けたプラスの道筋を迅速に作らなければならない。

この際トップリーダーが特に戒めなければならないことは、

①状況の不明瞭を理由として決心を先延ばしすること、
②細かな指示や命令を出して現場リーダーを拘束すること、
③インターネットなどの通信機器を利用して現地の状況を間接的に把握することに専念すること、
④映像など間接資料により現場を遠隔操作しようとすることなどである。

なぜならば、現場リーダーは上級リーダーと自身の部下との間に立ちながら、マスコミ対策や各部門、部署との調整等で多忙であり、本部スタッフを派遣することにより与えられた任務に専念できる環境を確保しなければならないからである。

また、細かな指示や命令で現場リーダーを拘束すれば、状況の変化が起きるたびに本部の指示待ちでCrisis対処が遅れるだけでなく、現場の思考と自助による解決に向けた努力意識が薄れ、現場リーダーと部下の行動は消極的となり、最悪のシナリオをまねく可能性がある。

このような危険性を回避するため、リーダーは現場と本部の調整役として本部スタッフを速やかに現地に派遣し、現状把握に努めると同時に適切な指示・命令を与えるための状況判断資料の収集に努めなければならない。

福島第一原発事故の例では、トップリーダーの「決心」が不明瞭な上、本部スタッフを派遣せず、インターネットやテレビ会議で現状把握と事故処理を行おうとしたため、Crisisの深刻度が本部に伝わらず、会議等で吉田所長の時間と行動の自由を束縛しただけでなく、現場作業員の指揮の低下と虚脱感を生み出し、事態を一層複雑、深刻にさせた。