第5講 結論|危機管理とリーダーの状況判断
将帥は部下の努力を最も有意義に運用し、徒労に帰せしめざる責任を有す。
最も重要なる時期に、重大なる努力を部下に要求せんがためには、平素なるべく部下の努力を愛借使用することを要す。(統帥参考)
ICTの発展による情報化社会における産業構造は、高度に専門性を持つ細分化された組織がグローバルに展開するようになった。
このような状況の中で企業が事業展開を行うためには、ボランティアが災害復興の名の下に集まるように、専門性を持った業種がグローバルにネットワークを組み、共通の事業目的(核:core)のみに参集するネットワーク型の事業構造が生まれた。
このため企業や人と人との繋がりも利益的関心に基づいて集散するゲゼルシャフト(Gesellschaft)的な社会構造となり、企業に対する社員の帰属意識や上司と部下の関係も薄れた。
またリーダーの決心も不決断が多く、命令とも相談ともつかない曖昧な判断が横行し、スピード化された社会にあっても無駄に会議と合議書の数を増やすだけのリーダー不在の企業が多くなった。
さらには利益追求の名の下に、企業の社会的存在意義とも言えるビジョンに対する意識がなくなり、リーダーの決心が「顧客に向いているのか」、「大株主である投資ファンドに向いているのか」その方向性が分からなくなって来ている。
このような状態でCrisisが起きた場合、まさに企業存続の危機そのものになる。
このような状況において、京都大学の中西輝政名誉教授は、重要な局面に立った時の普遍的な三つの要諦として、
①あくまでも最終の目標に向かう固い決意と大きな視野からの戦略的な展望を見失わないこと。
②目前にある実際の課題を着実にこなして積み上げてゆき、前進を続けること。
③近い過去からの教訓、いわゆる戦訓をつねに反芻し、不断に思考を深め判断力を確かなものにしていく努力
を挙げている。
Crisisが起きた場合、初動対処がその後を支配し、プラスにもマイナスにも変える分岐点となるが、リーダーが下す「決心」こそ、リーダーの直感力そのものである。
人は物事を判断するときに判断材料が足りないと躊躇する。リーダーに求められるものは、「こんにゃく」を見て瞬時に裏表を判断する直感力と決心を下す決断力である。
リーダーは3つの要諦を日常実践することにより、あらゆる情報の真贋を見極める目を持つことにより企業の未来像が見え、抽象的な企業理念もより具体的な確かなものとなり、Crisisに対しても、「ヘソ」すなわちモノの本質が見えることにより、速やかな決心を下すことが可能となる。
参 考
本書における統帥参考と作戦要務令は、元東部軍参謀大橋武夫氏が建帛社から発行した「統帥綱領」と「作戦要務令」を参考とした。
統帥参考は、旧陸軍大学が統帥綱領を講義するに使った参考書的存在である。また作戦要務令は、師団以下の部隊指導のために作られた教令であり、兵学書の傑作と言われている。
この二冊の兵学書を危機管理に使った理由としては、戦争と言う国家存亡の危機こそCrisisそのものであり、兵学書こそCrisis Managementそのものである。中でも完成度の高い「統帥参考」と「作戦要務令」は、完成度が高く、ICT化された社会においても危機管理の羅針儀として使用に耐えられる兵学書である。